創始者 林宗駛 19392014

林宗 駛先生としんそう療方の軌跡
〜月刊手技療法 巻頭インタビューにて〜

※1 無痛バランス療法から
しんそう療方に改名しました。

月刊手技療法 巻頭インタビュー  2001年 8月号

ー 無痛バランス療法※1 を提唱する人 ー 
林宗駛先生に聞く!
身体の「左右対称性」にこそ、健康の原則が!
 

(1)3回の脊椎損傷で治療行脚

本誌 無痛バランス療法を創始し、その技を全国的に指導・普及続けられている林宗駛先生ですが治療家になろうと思われたキッカケは、何だったのですか。

 そうですね、それは私の若い時に患った背骨にあるといえるかもしれません。私が19歳の時に脊椎横突起骨折、24歳の頃、柔道をしている時に脊椎分離症、その後、圧迫骨折と、3回ほど背骨を痛めたんですね。

本誌 先生ご自身背骨の損傷が、先生を治療家へと導いた原点であると言えるのですね。

 そうです。その時、背骨を3回も痛めていなかったら、今のように治療家になっていなかったかもしれません(笑)。

本誌 それで、それらの脊椎の損傷は治ったのですか。

 いいえ。あらゆる治療をやりましたが、治りませんでした。とにかく3回目の脊椎圧迫骨折を起こした時は、ギプスをして3ヶ月入院し、その後も外科の後療法(今で言うリハビリテーション)を受けていました。しかし、私は、なかなか良くならないので、あちらこちらと治療に回り始めたんです。

本誌 どう言うところへ行かれたのですか。

 私は山口県生まれですが、当時、私は会社の仕事関係もありまして、大阪のすぐそばの兵庫県尼崎市と言うところに住んでいました。それで、名古屋から九州まで、良いと言われるいろんな現代医学の病院や治療所を周りました。本当によく回った、あらゆるところを。(笑)

本誌 まさに治療行脚ですね。

 現代医学の大きな病院から小さな治療院まで、繰り返し回るんだけどそれでもなかなか治らない。と言うことで今度は民間療法にだんだんと広がっていくわけですね。自然食療法もずいぶんやりましたし、宗教でお祓いを受けたり加持祈祷をやったりしていましたね。

(2)会社、治療、勉強の三足のワラジ

 そうこうしているうちに、私はもともと柔道をやっていて、ほねつぎの先生からほねつぎの学校があることを聞いて、それじゃ自分自身でほねつぎの勉強をしてみようと(笑)、学校に通い始めたのです。

本誌 どちらの学校ですか。

 大阪の明治柔道整復専門学校の夜間部です。そこで知り合った友達のところへ治療に行ったり、その友達がほかのところへ勉強に行くことになると、また、一緒にくっついて行くと(笑)。当時、私はまだ会社を辞めて開業するわけではないから、学校の勉強と自分の背骨の治療をしながら会社に行っていました。

本誌 三足のワラジですね(笑)。

 そして柔道のほねつぎの専門学校を卒業して、またすぐにマッサージの学校へ行きました。関西鍼灸学校理
  療科の夜間部ですね。そこで治療師になるために勉強するという方向から、仲間達と一緒に、またいろいろ
  と勉強をして回りました。

本誌 会社へ勤めながらですから大変だったでしょうね。でも林先生はそこでいろんな先生方や友達と出会われたのですね。どのように勉強をされていたのですか。

 そうですね。柔整はもちろんですが、電気治療、鍼灸、カイロプラクティック、当時有名だった野口整体、そして身体均整協会では10年ほどがんばりました。それが今の私のベースになっていると思うんですね。

本誌 先生ご自身の背骨の治療はまだ続けられていたのですか。

 その治療師の先生方といろんな治療の勉強に回りながら同時に患者として私の背骨の治療のためにもあちこちへ行っていました。

本誌 それでも林先生の背骨はよくならなかったのですね。

 そうですね、だから脊椎分離症は今でもそのままですよ。

(3)影響を受けた恩師と療法

 

本誌 林先生が治療の勉強をされていた頃、影響を受けた師や治療方法を少しお話しください。

 先ほどおはなししましたように、私は身体均整協会で10年ほど勉強しました。その当時、創始者の亀井進先生(故人)がずっと大阪に教えに来られていました。

本誌 亀井先生から直接教えていただいたのですか。

 10年間直接亀井先生の講義を受けました。そうこうしているうちに昭和48年、京都に「手技療法の会」というのができ、その責任者が身体均整協会の藤原先生でした。それでその藤原雪舟先生に付いて8年間ほど教えていただきましたね。

本誌 その藤原先生の手技療法の会についてお聞かせください。

 それは昭和48年6月から京都で始まった研修会なのですが、身体均整法の身体の見方、前後体型とか、消化器型、等の見方に手足の調整をするものであり、関節の動きが変化する手法に魅せられましたが、これらの創始された技術の奥義は私如きものには分かりません。私は、理するところがあり昭和56年2月に研修会を一人で退会しました。会はその後2ヶ月して、なくなったようです。藤原先生の手技療法の会での勉強が、私現在の無痛バランス療法の一つの理論として確立するヒントになっていることは確かですね。ですから藤原先生は私に大きく影響を与えた、言わば私の師であるともいえます。
 

(4)精神世界から環境医学まで

本誌 林先生は現代医学に失望されて民間医療や伝統医療を患者として受けられたり、また治療師になるための勉強をされていたわけですが、やはりそういう治療も効き目はなかったということですか。

 そうです。だんだんと疑問になってくるわけですよ。私の背骨が離れているのに、例えば、整体やカイロプラクティックなど腰を捻ってショックを加えて、素人ながら大丈夫かなあと(笑)。また、はりを挿しただけで背骨が、くっ付くのかなあ、光線を当てるだけで骨が引っ付くのかなあちか、当時の私は単純にそう思っていたんですね(笑)。

「手技療法の会」の藤原雪舟先生と林先生の写真が挿入

本誌 それでどうされたのですか。

 そういうことを疑問に感じながらも、専門家としての勉強をしながら、患者としての治療もずっと続いていたわけですね。そういう中で、例えば、拝み屋さんとか、お祓いをするとか、気学とか、四柱推命学や観相の世界など、いろいろと医学の世界ではない世界で、いろんな人の悩みとか苦しみを解決する世界があることを知ったのですね。そしてその後、私に大きく影響を与えた「環境」の問題があるということも知りました。 

本誌 環境の問題と言いますと。

 例えば、その頃、三重県の四日市ゼンソクや、熊本の水俣病などが大きく報道されていましたね。四日市ゼンソクは煤煙によって起きる。水俣病は水が悪いから、関節や頭がおかしくなるわけですね。それらは皆、環境の水や空気からくる病気なのです。私はそれを知って、当時は広島に住んでいましたが、京都まで環境と健康の関連についての勉強に通いました。

本誌 環境については、今日的テーマですね。

 私はこれを環境医学という言葉で表現しています。それは環境によって人間が生きたり死んだりする問題があるということと、それと、いろいろと症状を現す傷めた人間の体、個体そのものをどうするかという問題があり、その両方がうまくバランスされることによって、初めて本当の健康になるということに気がついたのです。

本誌 環境医学と個体医学のバランスですね。それが現在の無痛バランス療法に繋がっていくことになるわけで
すね。

(5)無痛バランス療法の理論とは

本誌 林先生はその頃は広島で整骨院を開業されていたわけですね。

 広島で整骨院の仕事をしながら、均整法の関節の可動性とか角度とか、平衡性とか、また手技療法の会で受
  けた手法などを直接患者さんの体に試すことによって、だんだんと今の無痛バランス療法の理論を発見して
  いくのです。

本誌 それはどういうことでしょうか。

 それは、私も背骨、腰を傷めているわけですが、今までは現代医学も含めて、古今東西の医療は、どれも痛いところや異常のある部分や症状に注目し、そこを治そうとするものでした。

本誌 いわゆる対症療法ですね。

 そうです。しかし、それだけでは根本的な健康の原則が置き忘れられています。

本誌 根本的な健康の原則とはどういうものですか。

 まず、健康の原則と言えば、それは身体の構造に異常がなく、手足を自由自在に動かせることですね。そこで私は、人間の身体の仕組みが「左右対称性」構造になっていることを発見したのです。もちろん、もともと身体はそうなっているので、当たり前のことなんです。ところが西洋医学の解剖書においても、精密な対称性はないというふう、対称性でなければいけないというような考えの記述はないんですね。

本誌 林先生はそこに注目された!

 私が患者さんを通して知ったことは、その対称性構造であるということと、対称性に機能することによって重心機構が中心軸を作り、安定した身体運動ができるということです。従って、左右のバランスが保たれて中心軸がうまく働いている時は、身体機能が最も安定しています。つまり、健康に過ごすことができるわけです。例えば、健康な人を見れば、姿勢が良く、身体の動きも良いことが分かります。そしてこの状態で検査してみると、皆、身体の左右バランスが安定しています。つまり、身体の左右差が対称性という点にこそ健康の原則が隠されていたのですね。

(6)変形性身体症を運動療法で

本誌 それでは、身体の左右のバランスが崩れた時は、どうなるのですか。また、その時はどうすれば良いのですか。
林 そうですね、健康の原則をなくしたとき、人は自由自在に動くことができなくなるわけですね。このとき、体の動く仕組みは変形し、傾き捻れ曲がり、手足の長短、関節の硬軟などの異常が発生、左右が対称性でなくなる。そこで私の無痛バランス療法の出番となるわけですね(笑)。

本誌 先生の無痛バランス療法は、どこが悪い、どこが痛いと言うものを治すという、いわゆる対症療法ではなく、あくまでも体の筋骨格系を左右対称になるように戻すことで、それによって、例えば、お腹の痛いのが治ると言うことですね。

 そうです。無痛バランス療法は、人体の60%を構成する筋・骨格系が作る身体の動く仕組みを治すことにあります。人はどこを患っても動くと痛い、動くことが辛いなどと、身体運動が不自由であるこという共通の機能異常を訴えます。まず人は日頃、体を偏った使い方をしています。

本誌 偏った使い方をしているとどうなるのですか。

 日常、偏った使い方をしていると、筋に偏った動きをプログラムし、手足の左右が対称性に機能しなくなり、身体が変形してしまうわけです。私はこれを「変形性身体症」と命名しているんです。
今日までの医学や各種の対症療法は痛くて悪い部分だけを目的にしてきたもので、身体の変形までは治りませんよね。その点、この療法は筋に修正運動をプログラム療法で、身体の仕組みを治すことを目的としています。

本誌 無痛バランス療法は運動療法なのですか。

 そうです。筋に正しい動きや対称性機能を学習させ、覚えさせるもので、手足を動かす筋運動療法は、決して痛いことをしないのが特徴です。

本誌 だから「無痛」バランス療法なんですね。先生の療法は基本的には運動療法で、症状を追っかけたり、症状を治そうとする発想はないと言うことですが、ただ患者さんというのは、現状はどうしても、どこか痛いから来る、手足などが動かないから来院すると言うことが多いですよね。

 ですから、どういう症状であろうとも、患者さんには「あなたの身体はこういうふうに手足を使うから、身体が対称性で無くなる。だから炎症を起こしたり、骨がズレたり、歪んだり、身体が変形するんんですよ」と、よく説明します。そして運動療法を行って手足を揃えると、最後は動きが良くなりラクになると、痛みや病気がなくなって患者さんは喜ばれるというわけですね。だから無痛バランス療法を、今までの対症療法の感覚で見ると、この療法は理解できないと思いますね。先程お話ししましたように原理原則そのものが、他の療法と全く違うんですね。

(7)治療の原点は検査にあり

本誌 無痛バランス療法は、治療する前に「検査」を重要視されておりますね。

 そうです。身体運動が不自由・不安定となる因子、筋・骨格系の異常を検証するために四肢の左右を比較することによって、筋機能の違いを分析します。無痛バランス療法は、昭和52年から運動機能の異常を特定するために、四肢の左右を比較することによって、その違いを分析することを発表しております。

本誌 無痛バランス療法ならではの検査法でしょうか。

 私の知るところでは、今日までの医学医療や各種の対症療法に、筋・骨格系の左右差を比較し、その違いを分析するという考え方はありませんね。なぜかといいますと、前にも話しましたように、痛みや悪い症状の部分を目的とした考え方と、身体運動を目的とした考え方とは、その目的が全く違うからです。

本誌 林先生は検査について、どういうお考えをお持ちですか。

 私は、”治療の原点は検査にあり、検査に始まり、検査に終わる”と考えています。ですから検査が上手くなれば、必然的に治療が上手くなると。

本誌 どうしてでしょうか。

 それは施術の良し悪しが目ではっきりと確認できるからですね。

本誌 例えばどんな検査があるのですか。

 検査には多動的検査や自動的検査など、いろいろありますが、例えば「バンザイ検査法」があります。この検査は、患者は仰臥位の状態で手を胸に置き、術者はその手を肩に沿ってバンザイ位に上伸展した際の、手の長短や可動性の良し悪しを診るわけですね。患者の手を上から見ると万歳をしているように見えるから、こういう呼び方になりました。
また「4の字検査法」というものもあります。この検査は、股関節の開閉を左右比較することによってその違いを知る。それは、L1〜L4までの閉鎖神経の緊弛の違いを知ることになります。患者は仰臥位の状態で足を伸ばし、術者は外顆と膝蓋の裏の少し上を持ちながら膝を屈曲させ、対外の膝蓋の上部に足首の上部を乗せ、外転位に倒して診る。この検査で股関節の硬軟や可動性の良し悪しを診るわけですが、ちょうど数字の「4」に見えるので、この名前がつきました。

本誌 いろいろと面白い検査法があるものですね。やはり検査を重要視されていることがよくわかりますね。

(8)しんそう調整医学会としんそう学院

本誌 林先生は「しんそう調整医学会」を主宰されていますが、それについてお聞かせください。

 しんそう調整医学会というのは、先ほどお話しした環境医学の問題と個体医学の問題を上手くバランスをとるという考え方で、昭和56年からずっとやってきたんですね。日本にはもともと「心身一元論」という思想があるんです。気持ちも心も感情も、そして身体も一つのものであるという考え方ですね。西洋医学は「身」と「心」は別々のものであるという解釈から成り立っていますから、「心身二元論」という考え方です。

ですから「しんそう」の「しん」という字は私の造語ですが、心身一言論にもとづいて「身」という字と「心」という字を一つにして「しん」、「相」は、モノの様子、特色、性質というものの有り様、そしてそれを調整する医学会という意味になります。

本誌 だから「しんそう調整医学会」ですね。それではそのしんそう調整医学会の主な活動は何をされているのですか。

 主な活動は、今まででお話ししてきました無痛バランス療法の技術を全国的に指導し、普及させることにあります。現在、大阪と東京で毎月1回の定期研修会を開催していますが、20代から70代までの若い人からお年寄りまで大勢の方が練習に励んでおられますよ。

本誌 ちなみに全国からどんな職業の方が来られていますか。

 そうですね、いろんな療法をやっておられた方はもちろんですが、全くほかの職業からの転業者や専門学校に通いながら勉強されている方もいらっしゃいます。また主婦のかたわら勉強されている方がもいますし、さまさまですね。

本誌 しんそう学院というのはどういうところでしょうか。

 しんそう学院というのは、最近始めたものですが、ここではいわゆる”短期”の集中講座を行っています。東京校は文京区の地下鉄春日駅のすぐ前で、大阪校は淀川区西中島というところにあります。

(9)人々の健康づくりに一役を

本誌 では林先生が考えられるこれからの治療、また先生の抱負などお聞かせください。

 例えば、現在、WHOの発表によりますと現代医学ではすべての病気のうち、わずか20%〜30%しか原因も治療法もわからないそうです。したがって残りの70%〜80%の人たちは、身体に問題を抱えながら様々な方法を試しては失敗しているわけですね。またつい最近読んだ本によれば、人間ドックに入って患者さんが訴えている病気の原因が分かるのが、わずか23%ぐらいだそうです。西洋医学以外の我々がやっている何千年の歴史ある伝統医療でも、病気の検証ができなかったら、適切な具体的な治療を施せないですよね。
そういう意味でも、無痛バランス療法の場合は、人間の筋・骨格系の仕組みそのものをいうわけですから、わかりやすく理解できます。身体の左右差は素人でも見ればある程度わかりますよね。また私の著書を見てもらえば、簡単なバランス形成体操修正することができます。もし問題が深刻な場合は、私たちの無痛バランス療法の専門家が対処すればいいわけです。

本誌 そうすれば誰もが常に身体を左右対称な状態、つまり、健康になるシステムを維持することができるということですね。

 そうです。だからこそ一層多くの人々に無痛バランス療法を知っていただきたいし、また勉強をされて人々の健康作りの役にたっていただきたい、そう思っております。また昨今、理論、理屈や手法の形を真似る人、また、ちょっと勉強会にきて、同じもののようにしている人もいるようで、私どもの方ではロゴマークを商標申請して正規会員との区別をできるようにしています。

本誌 最後に林先生の心情を何かひとことお聞かせください。

 「いつも一生懸命」でしょうか。これは自分への励ましの言葉でもあるんですね(笑)。

本誌 本日はお忙しいところ本当にありがとうございました。林先生のますますのご活躍を期待しております。